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ご無沙汰です。一週間ほど。
さみいです。ここんとこずっと。もういいかげんにして欲しいです。
ただ。そんな事を言っていてもしょうがないので。
『フルチョア』写真集、アップしました!
1シーン・1映像につき、1枚から2枚の写真を盛り込んだ、特大号に仕上がりました。
枚数が多いので、順番に、或いは好きなシーンから、ゆっくりとお楽しみ頂けましたら幸いです。
さて今年の目標のひとつ、沢山の映画を観たり芝居を観る事、早くも少々挫折気味。
無声映画から始まり、好きなものはそれこそ何百回から何千回まで観れるのに、これ如何に。
思うに、大抵、物語とか人の心の動きとか人間模様とかが、途中でどうでも良くなってしまうから。
思えば、RPGなどのゲームも、途中で何のために何をしているんだか分からなくなり、
どーでもよくなってやめてしまうから、出来ない。
何のためにどこに向かってテクテク歩いているのやら、誰ぞに何ぞを言われたのやら、
ジャジャーンと敵に現れられても、何のために戦うのやら、そもそもなんでそいつが敵なのか。
なんだか全てが、どーでもよくなってしまうから、出来ない。
そんなな感じな自分なので、だいたいの小説や映画なども、
さくっと、1ページ、或いは5分くらいに、要約して欲しくなる。
それで充分。いや。それではいけない。いや。RPGは出来なくてもいいけど。
何故なら、今は数多くはない自分の好きな作品の中にあるもの、
絶妙な視点、ハッとする切り口、革新的な表現、不変的な面白さ、などなどは、
他にも数多く観るほどに、見つけられるかもしれないのだから。
だから観るにこしたことないのだろう。
だから頑張ろう。頑張ってみよう。
ただどうしても、“人”より“事物”に興味を持つ、“人”一人よりも“集団”や“現象”に興味を持つ、
そんな自分の特性は、変えられないし、変えなくて良いとも思う。
それは人の作った物語の中よりも、今居る世界の中にこそ、面白いものがゴマンとある。
そちらの方から眺めていって、その動きの中にあってそれに翻弄されたり、
或いはそれを動かす事になる、“人”に、自然と辿りつく、
そんな視点の中からこそ、自分からしか出てこないアイデアが発見出来るように思う。
そしてまた、世の中や人の、本当に裏の裏の奥の奥にある、普通はあまり日の当たらない部分、
そうしたところに興味が向く。
想像を超えて良識常識人間性の全く届かなくなっていく部分、
これ以上なくドロドロと混沌として、やがてこれ以上なくスカッと単純になる部分、
そんな人間の究極に深い部分にも興味が惹かれる。
誰かが作った物語の中には、それらを見つけるのは難しい。
ただ、それを作った人や背景の中からは、それらを見つける事が出来る。
自分語りが過ぎました。どうでもいいです。RPGの中の人が言う事くらい、どうでもいいです。
ともかく、色々なものを自分の中に詰め込んでおく事が、次に繋がります。
なので、色々な町も歩くし色々な経験もするし色々な出会いも欲し色々な作品も観ます。
出不精しません。人見知りを克服します。映画も芝居も食わず嫌いはしません。
でもやっぱりRPGはしません。
ゲームといえばもっぱら、クロスワードや図形パズルや囲碁やカードゲーム。
ハイテク台無し。
さて先日、正月だという事なんで、実家に顔を出してきました。あまり遠くないので日帰りで。
方角的にはどんどん離れていっているはずなのに、
道中の電車の窓からは、富士山がどんどんよく見えるようになっていった。
近いはずのものは距離と共に当然のように見えなくなり消えていくのに、
遠いはずのものは時に遠ざかるほどに、その姿を現す…。
嗚呼、手の届かないはずのものは届かないものとなるほどにその姿を克明にする、その切なさよ。
嗚呼、なんとなくポエムろうと思ったけどうまくいかなかった、その切なさよ。
ところで、富士山を眺めていると、
なんだかわからないけど日本一になりたくなってくるのは何故なんだろう。
嗚呼、とりあえず。「よ!日本一!」と言われてみたいぜ!
何の日本一か知らんけど。
そんなこんなで駅についたら、駅の女子トイレが、「ここは女子トイレです。」と言っていた。
空耳かと思ったが、前を通り過ぎた時に確かにそんなアナウンスが、上品な声で流れた。
ちゃんと表示があるし、隣に男子トイレもあるし、あからさまに女子トイレなのに。
これは変質者に対するものなんだろうか。上品な声で注意を促しているのだろうか。
それで変質者が、「おっとここは女子トイレだったか、失敬失敬。」と思って行動を改めるのだろうか。
…ちょっと自信ない。もしかしたら空耳か聞き間違いだったのかもしれない。
急いでいたからそのまま駅を出てしまった。今になって後悔。
甘いな、甘いな自分。こんなことでは日本一にはなれないぞ。
今後は気になる事がちょっとでもあったら、
遅刻しようがどんな大事な用があろうが、わき見してて事故ろうが何か大変な事になろうが、
絶対に足を止めて確かめてやる!日本一になってやる!
何の日本一だかは知らんけど。
完全猫派のわたくしは当然のこと猫と同居。猫の毛アレルギーは気力で克服。
猫と仲良くなるには奴らの目を見ず近づきすぎず、勝手にしていると良い。
すると奴らも勝手にしてくれる。そんな勝手同士だけど、居ないとなんか嫌。不思議。
ところで実家の奴さんよりかウチの奴さんの方があからさまに食糧事情が悪いはずなのに、
3倍ほど大きなガタイをしているのは何故なんだろう。不思議。
さて正月は、チャリに乗り地図を片手に片っ端から荻窪神社巡り、しようと思ったけど、
今年は寒すぎて断念。体調が思わしくなかったので、おとなしくしてみました。
とか。なんだかどうでもいいな。
とりあえず俗に言う三が日が、もう終了。早い早い。
やっぱり、ぼやぼやしてたら九月なんかもうすぐだー。
謹賀新年
昨年中は一方ならぬご愛顧をいただき、誠にありがとうございました。
本年も、団長始め団員一同、一層の精進をいたす所存でございます。
なにとぞ宜しくお引き立ての程お願い申し上げます。
平成二十一年 元旦
げんこつ団
さてさて、2009年が始まりまして。
わたくし早速、いつものように、おなかが下っております。祝!初くだり。
新年早々こんな話ですみません。祝!初すみません。
あー痛え~。。祝!初痛え~。。
…ところで大晦日の夜から元旦、せっかくだからのんびりしようと予定を立てずにおりましたら、
なんだかちょっと暇を持て余してしまいました。
なのでうっかり、これまでのげんこつ団の活動において守ってきた“掟”を、まとめてみました。
別に全然、意味はないけど。今そんな事しなくても、全然いいんだけど。
まあこんな風な感じでやっているんだなあ、とでも思って下さい。
そしてこれからも、このような感じで、いきます。
げんこつ団、今年もどうぞ宜しくです。
【げんこつ掟】
■脚本編
・妥協しない。最終的に、馬鹿馬鹿しい笑いのみを目的とする。
・最終的に物語を綴らない。ただし、後半はシーンの羅列だけにしない。
・内容的に、決してどこの立場にも寄らない。決してどこの立ち位置にも着かない。
・アテガキをしない。役者に頼らない。その上で、役者一人一人を活かせるようにする。
・一つの手法に固まらない。色々な手法を織り交ぜる。全てにおいて、“今“の世の中を題材にする。
・毎回出てくるような固定のキャラクターは作らない。
・出来るだけ2時間以内に納める努力をすること。
・必ず、公演映像撮影期間までに書き終えること。
■役者編
・役者自身のもともとの個性や特性は、決して出さない。
・演出は絶対。アドリブは言語道断。間や呼吸や微妙な表情も、全て稽古通りに。
・登場人物の老若男女と、それぞれの性格を、きちんと演じ分ける。
・役を自分に近づけるのではなく、役に自分が近づくために、最善の努力を尽くす。
・内容が馬鹿馬鹿しいという事を、ふざけた演技をしていい事と、決して混同しない。
・自分一人が目立とうという意識の少しでもある役者は使用しない。
・舞台裏の仕事もこなす。協同作業を厭わないこと。
・ハゲヅラを厭わない。オヤジとしてハゲヅラが似合うこと。