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~稽古場覗き穴~ 
げんこつ団HP内“稽古場覗き穴”の団長ページ
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電車移動中のこと。

電車内にて、あからさまに調子に乗り常軌を逸して飛び回り転げ回り、

他の乗客らを押しのけては奇声をあげている、中学生男子らが居た。

 

彼らは天真爛漫で、とても楽しそうだった。

周りに自分達を誇示するという感じではなく、周りが一切見えていないようだった。

一昔前は誇示が見え隠れする事が多かったが、そういうわけではなく騒ぐというのが、

最近の傾向なのかもしれない。やりたいから、やるまで。

 

ただ周りに迷惑をかけている事実と、それを止めたい大人がいる事実を考えると。

ああなっちゃったらもう、その年齢的にも、その度合い的にも、

誰かが一度本気で、ハリ倒し、ブン殴り倒ってあげなくちゃいけないんだなあ、と思った。

 

その場合、例えば単なる仕事としてではなく、

或いは怪我をするとか訴えられるとか、そういった後先を一切考えず、

その瞬間に、命がけで、本気を込めて、ハリ倒さなくちゃいけないだろう。

そのくらいしないと、効かんだろう。

そのくらいしても効くか分からんけど、そんな事も考えずに、やらんといかんのだろう。

ただ、誰もそこまでしてあげたくないだろう。そりゃそうだ。

 

彼らも家では暴れないだろうから、今、親だけにそれを託すのは酷。

ただ、幼少期からの、主に家庭を含めた環境が、何かを教え忘れているのは事実だし。

頭だけで大人になれる人も、頭だけで大人になれる部分も、決して多くはないし。

もしも、穏便に平和に、お話し合いだけですんなりと、
ある程度の大人になれると思っていたら、それは幻想に過ぎないわけだからして。

だから結局のところ、子供にはある程度の体罰も、やはり必要なのだと改めて思った。

 

また、それを与える大人の人格が100%大人でなくてはならないというのは、

それこそ、まったくもって現実的ではないわけで。幻想に過ぎないわけで。

そんな大人の登場を待っていても、永遠に、現れてはくれないので。

なので叱る大人は、その時その瞬間の事だけに関して、大人であれば良いとも思った。
それ以外の部分は、ダメダメでも、極端な話、犯罪者でも構わない。

 

ただ世間がそれを許してくれない風潮の中、

ただ一片の、ただ一時の、大人の心意気を、発揮出来る場所が減っている。

人間そんくらいしか、真に大人な部分など持ちきれないのにも関わらず。

もったいないような気がする。いい大人は沢山いるのに。

 

一時だけ一片がキラリと輝き、それにだけは信念と自信を持つ、

それが精一杯だろう。人間なんて。

模範にするも模範になるも、それだけで充分な気がする。

 

…とかなんとか。ごちゃごちゃ言いつつも一方では。

興奮のあまりムチャクチャに騒いじゃう気持ちも、

ちょっと迷惑かけるくらいどうって事ないでしょ?という気持ちも、よく分かる。

だから、「まあ、別にいいんじゃん?」とか、思う自分も、居たりする。

 

逸する『常軌』も、『絶対』じゃない。

場所と時代が変わればいかようにも変わる。

それを言っちゃおしまいだけど、本当に、そう思う。

 

…というわけで。えっと。つまり最終的には何を思ったのかと言うと。

 

誰か私をこっぴどく叱って下さい。

ぜんぜん大人になりきれてまちぇん。

 

…という事です。

 

 

びろーん。
 

 
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