げんこつ団HP内“稽古場覗き穴”の団長ページ
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
写真は、火をつけるとビカビカ光るライター。
つける度に、ビカビカ光る。意味はない。
ビカビカする分だけ、オイルが少ない。意味がない。
お気に入りだからまた買おうと思ったら、もう売ってなかった。ショック。
さてどうしよう。歯が痛い。厳密に言うと歯茎が痛い。
作業中に歯を食いしばる癖のせいだ。
疲れている時や集中している時、無意識に歯を食いしばっている。
集中して作業している間は、その間ずーっと食いしばっている。
徹夜作業の後などは、気付いたら顎と歯がグワングワンだ。
この癖をなんとか治さなきゃいけない。
治さなきゃいけないんだよー。
というわけで、ビカビカライターが見つからないので、仕方なくピカピカライターを買った。
ボタンを押すと、ピカピカと七色の光を放つ。意味はない。
ピカピカする分だけ、オイルが少ない。意味がない。
ああ。無駄な癖。無駄なビカビカ。無駄なピカピカ。
PR
ヘッドフォンやイヤホンで音楽を聴きながら、
町を歩いたり電車に乗ったり、
私はそれがなかなか出来ない。
だって聴覚を奪われてしまうことになるし。
ほぼ視覚のみで周囲を把握しなければいけないし。
臆病なそれが私は恐ろしくて恐ろしくて仕方ない。
数回試してみたけど数歩で断念。
だからそれをしている人を見ると、本当にスゲエなあと思う。
それでスイスイ自転車漕いでたりすると、本当に尊敬する。
例えば植木の自転車は早い。車並みのスピードだ。
それでもたまに音楽を聴いている。でもスイスイだ。スゲエ。
超音波でも出してるんじゃないだろか。
超音波の反射で周囲を把握出来てるんじゃないだろか。
私もいつかは精進して、まず街を歩けるようになってみようかと思う。
煙突や工場や倉庫や高速道路や海にフラフラと引き寄せられる。
生まれ育った場所の近くを夜に歩きたい病が、また発病。
しかしふらりと行くには遠いし時間がないし。
だから仕方なく杉並や世田谷辺りの夜で妥協。があー。
そういえば、チラシの作業が終わった時にはいつも思う。奇跡だ。と。
芝居や映像や音楽と違って、
流れのない一つの画像にずーっと向き合っているから気が遠くなる。
加えて私は、引き算が出来ない。だから作業時間がなんだか長い。
多分“デザイン”つうのはある程度の引き算があって、
そこでバランスを取る作業があるものだと思うけど、
何故か私は、足し算しか出来ない。足し算×足し算。
そこで無理矢理、バランスを取って終わらせる。
そういえば、それはげんこつの脚本でも同じかもしんない。
なんだかなあ。いいんだけど。なんだかなあ。
公演内で使う映像は絶対に自分で作らなければ気がすまないけど、
規制の音楽ではない部分の音楽や、そのチラシなどにおいては、
無理無理自分で作らなくてはいいのではないかと、
常日頃から、思っている。
でも作っちゃうんだよなあ。
なんだかなあ。いいんだけど。なんだかなあ。
さて来週辺りには、『互角』の脚本をほぼ終わらせる。
かなり馬鹿馬鹿しい。「国」がテーマでこんな馬鹿で良いものか。
あ。なんとなく、「良いものか。」とか書いてみたけど、
良いと思っているから書き進めているのだから、本当は問題なし。
さあ足し算足し算、ときに掛け算。行けるとこまで足して掛けよう。
なんだかなあ。とか、さっきは書いてみたけれど、
本当はそんなに「なんだかなあ」とは、思ってないから問題なし。
足して足して足した上で、時々掛けて飛び越えて、
さてその膨らみ上がったもののバランスを、どこまで取っていけるか。
『互角』。
つまり、どのシーンにおいても、
どの登場人物も、どの勢力も、どの圧力も、どの駆け引きも、
どちらの側も、どちらの立場も、どちらの喜劇も、どちらの悲劇も、
全てが“互角”の力で、ぶつかり合っては引き付けあって、
決着がつくのかつかぬのか分からない。
今回、そんな濃いぃ空気に包まれた公演となりそうです。